翌日の土曜日。いつもより早く目覚めた麻優は、ふと、食器棚の一番上に大切に飾っていた白いティーカップを見つめた。そのカップを買った理由は、小学生の頃に読んだ童話に書かれていた恋のおまじないを真似たのと、一目ぼれだった。
「そういえば、このカップとても気に入って買ったのだけれど一度使う機会がなかったな」
今日、なぜかそれを使って美味しい紅茶が飲みたいなと思った。そして、忙しさにかまけて生活感が丸出しの雑然としている部屋を眺めた。ゴミや洗い物は溜めないようにしていたものの、部屋の隅や見えないところにはだらしないお化けが住み着いている。
「さてと。まずは、要らないものから整理しよう。お茶を飲むのはその後ね」
一通り片づけ終わった彼女は、紅茶専門店へ出かけていつもは手を出さない高級な茶葉を手に入れた。いつかを待っていても、今の生活を続ける限り、恋人は見つからない。
それどころか、何も無く楽しいことも経験せずにただ年を取っていき後悔する自分になる。
今更だが、そんなことに気付いたのは昨夜の電車の中の不思議な出来事のおかげだ。ユウジは自分の恋人ではなく、私自身の恋人を見つけるために時間を使えばいいと教えてくれた天使だったのかもしれない。
今日買って来た高級な茶葉を使い古したティーポットへ入れ、白いカップに注ぐ。初めて白のティーカップに口を付けた。まるで初恋の人とのファーストキスのように。
それから麻優はティーカップを丁寧に洗い、水気をふき取ってレースのランチョンマットにカップを置き写真を撮った。そして緩衝材に包んで箱に大切にしまった。すぐに、フリマアプリを登録して出品した。
「初恋の大切なカップを手放します。最後に一度だけ使ったけれど、ほぼ新品です。消毒済み、綺麗にラッピングしてお渡しします。大切に使ってくれる方の手に渡ることを希望しています」
ティーカップは、出品してから2日で売れた。年齢や顔は分からないけれど隣の街に住む男性だった。
次に、退職願を書いた。貯金は、しばらく失業しても何とかなる程度はある。いざとなれば実家がある。もう長い間ご無沙汰だし、娘が一緒に住みたいと帰ってくれば嫌な顔はしないだろう。
続きはこちら 白いティカップ‐6