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  1. 創作ストーリー

忘れな猫(わすれなねこ)-1

5日後に消える命の灯

僕たち猫の世界にも人間の世界と同じように「運」というものがある。

「運が良い」とは、生まれた時から人間の家族の一員として迎えられること。家猫として、食べるものに困らず、たくさん遊んでもらえて、安全で安心してゆっくり眠ることができる場所が保障されている。

「運が悪い」とは、目が見えるようになった時に独りぼっちだった場合。つまり「野良猫」として生まれた時だ。母猫や兄弟猫が傍にいてくれる時もあるけれど、野良猫として生まれたら、オトナになる前にほとんどの場合家族とは離れ独りぼっちになってしまう。

さて、僕の場合はどっちだと思う?

薄汚れた埃っぽい僕の姿からは「運が悪い」側の猫に見えるだろうな。今は野良猫の僕だけど、もともとは家猫だった。だから運が良いいのか悪いのか、自分ではよくわからない。

もう僕の事をたくさん愛してくれる人は居なくなってしまったけれど、せめて「元気で生きていたよ」って言う事を誰かに伝えたくて、今朝もお気に入りの場所に座り、急いで歩く人間たちの足をみながら、僕のそばに来て話を聞いてくれそうな人を探している。

ただ、僕にはもう時間がないんだ。あと5日で僕の命の日は消えることになっている。それは僕が決めた命の期限なのだ。

なぜ、命の最後の日を決めることができるの?

そう思っている君へその理由を伝えたいから、もしよかったら僕のこれまでの人生について、いや、猫だから猫生っていうのかな・・を話すから聞いてもらえるかな。

僕の家族のこと

僕は運よく家猫として、4兄弟の3番目として生まれてきた。姉、兄、弟たちと最初は一緒にいたけれど、5匹も世話が出来ないということで、僕たち兄弟は生まれた日から半年後、それぞれ別の家へもらわれていくことになった。

その時なぜか僕だけ、もらってくれる人が決まらなかった。ちょっぴり不細工で不機嫌そうな顔立ちが原因で気に入られなかったのかな。でも、母さんともうしばらく一緒に暮らせるから嬉しかった。お別れをした兄弟たちは、新しい家族に大切にされて今でも幸せに暮らしている事だろう。

僕の母さんは野良猫だったのだが、お腹の中に僕がいるときに保護されて、引き取り手となってくれた男性の家で出産したそうだ。

引き取ってくれた男性の名前は「あきちゃん」。時々訪ねてくる女性がそう呼んでいた。あきちゃんを訪ねてくる女性の名前は「朋ちゃん」。

あきちゃんと朋ちゃんはとても仲良しで、母さんと僕の事をとてもかわいがってくれた。いっぱい遊んでくれたし、いつも優しく撫でてくれたし、美味しいおやつもいっぱいくれたんだ。

あきちゃんは仕事が忙しいみたいで、いつも朝早く家を出て夜遅くに帰ってきた。仕事が休みの日はあきちゃんが朝寝坊をするのですぐわかる。遅い朝ご飯を僕たち親子と一緒に食べて1日家で過ごすことが多いように思う。朋ちゃんが訪ねてくるのはそんな時だ。

僕たちに留守番を頼んで、2人で出かけてしまうこともあったけどね。お留守番には慣れているし、母さんがいるから僕は寂しくなかった。猫だけの時間がたくさんあることは悪くないものだ。

あきちゃんが仕事に行く日や朋ちゃんとお出かけする日は、家の中はとても静かだ。生まれた時から家猫だから、外の世界がどうなっているかは、ベランダ越しに見えることしかわからない。

僕の密かなる夢

「ベランダから見えない外の世界には何があるのだろう。」母さんが昼寝をしているとき、僕はいつも外を眺めながら色々空想をしている。

きっと僕の頭では想像もつかない素敵な事は刺激的なことがたくさんあるように思っているけれど、母さんからは「絶対に、外へ出てはだめだよ。」と言われている。

もともと野良猫だった母さんは、外の世界の事を良く知っているはずなのに、あまり話してくれなかった。大変な苦労をしたのだろうか。僕が外の世界に対する好奇心を駆り立てることを恐れているのかもしれない。

でもいいんだ。時々、ベランダに遊びに来るスズメ一家や、地域猫のケンやミキから外の話は聞いている。いつか、外に冒険に出かけようと思ってネットワークを築いているんだ。母さんは昼寝が大好きだから、このことには気づいていないと思う。

「家の中の事しか知らないお前が、冒険?笑っちゃうよ!外に出たとたんに泣き出すんじゃないか」と、ケンからはいつも言われている。

ミキは、「家の中の方が幸せだよ。ごはんと寝る場所に困らないもの。だけど、外には外にしかない良さも楽しさもあるよ。もしいつか、その機会が来たら一緒に楽しもう。案内してあげたい場所がたくさんあるから。」と言ってくれる。

母さんが若い頃見てきたこと、感じたてきたこと、経験してきたことを、僕もいつかは知りたい。安全な場所しか知らない僕にとっては大変な冒険になるだろうし、命を縮めることになるかもしれない。

もし冒険が夢で終わったとしても、僕は「運がいい猫」としての人生を終えることができるのだから、幸せでとてもありがたいことだと感謝しなくてはいけない。

とはいえ、ケンやミキから聞く話から外の世界に僕は次第に魅せられて冒険に出たい気持ちが高ぶっていった。そして冒険に出ることが叶えたい僕の夢となっていった。

母さんとの別れ

僕が3歳になった頃から、母さんは少し元気がなくなってきた。飼い主のあきちゃんもそんな母さんのことを心配している様子で、時々母さんを小さなかごに入れて外に連れていくことがある。「お医者さんにみてもらっているんだよ」とあきちゃんは僕に教えてくれた。

もともとお昼寝が好きな母さんだったけど、ますます昼寝の時間が長くなってきた。起きているときも、あまり動かなくなった。じっとしていることが多くなった母さんは、ご飯も次第に食べることが出来なくなっていった。

そして、ご飯を全く食べられなくなってから2日後、冷たくなってしまった。僕が4歳の誕生日を迎える少し前だった。その時の僕には分からなかったけれど、母さんは重い病気だったようだ。

「君の母さんはね、天国にいってしまったみたいだね。お前は、できるだけ長く元気で居てくれよな。ずっとそばにいてくれよな」

あきちゃんは涙を流しながら僕をいつもより強くぎゅっと抱きしめてくれた。僕以上にあきちゃんは悲しんでいるようだった。こんなに大切に思ってもらえて母さんはとても幸せだったのだろうな。

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