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甘くない果物の思い出

こんにちは。あやのはるかです。

日常のシーンや風景からのヒントや経験を少し切り取って捜索した500文字前後の短いお話を「500wordストーリー」として、時々書いてみようかなと思います。よろしければ、ご覧ください。

   

500word-story 2021-02-28

季節はわからないが、あの頃は確か、私はまだ中学生くらいだったと思う。
百貨店の青果コーナーへ家族全員で出かけた。

「今日は、今まで使ったことがない食材を買って料理をしよう。特別な日だから」と父が言う。

店内に並べられたきれいな野菜や果物たち。普段食べているのと同じ種類の野菜なのに、育ちがよく見える。

「果物も買おう」

手に取ったのは、生まれて初めて見る濃緑色の皮がごつごつとしたたまご型の果物だった。

リンゴの4倍くらいの値札が付いたレモンほどの大きさのそれは、どんな味がするのだろう。

皮をむき大きな種を取り出し4等分に分けて盛り付ける父の手元を、家族全員でワクワクしながら見つめる。中身はきれいな緑色をしていた。

「いただきます」・・・家族全員が無言になった。
「なんだ、甘くないぞ」 父がぽつりと言った。

大人になるまで2度と口にする機会がなかったアボカドは、いつの間にかとても身近な人気食材となった。健康にも良いとされ、好んで食べる人も多いだろう。

レシピも豊富にある。茶色くなったら食べ頃だと誰もが知っている。
りんごよりも安い値段で買えるようになったアボカドを、サラダにするために半分に切った。

やわらかい緑色を口に少し含んでみると、ほんの少し甘みを感じる。
「あの時、緑色のものはまだ熟れていないって知らなかったものね」と父へ語り掛ける。

もう一緒に台所へ立てないから、私の横にも後ろにも父はいない。
今の父も「やっぱり、甘くないぞ」って言うのだろうか。

(おわり)

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