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大切な人が突然いなくなった現実を受け入れることができず、目に映るものすべてが偽物みたいで現実味を感じられなかった。
ごく親しい友人にしか彼女の存在を話していなかったので、つらい気持ちのやり場がなかった。
僕は、それまで以上に仕事に打ち込んだ。
頼まれた仕事は何でも引き受けた。
育児休業中の部下の仕事も、積極的に引き受けた。
倒れる限界まで仕事を抱えて、家に帰ったら寝るだけという生活を続けているうちに体はしんどくても気分が軽くなっていった。
そんな無茶をしても倒れなかったのは、若いころスポーツをやっていたおかげなのだろう。
とはいえ、若くはないし、もう限界かもというときに、世間では未知の感染症が流行して、外出が思うようにできなくなっていった。
それから奈波さんとの報告会もできなくなり、自然と疎遠になった。
気が付くと前の報告会から五年がたとうとしていた。
僕はなんとか辛さを乗り越えることができた。
ふと辛さがよぎることはあるが。
幸せだった二人の記憶もつらさと入れ替わりによぎることがある。
奈波さんは今どうしているのだろう。
あれから二十年か・・。生まれた子供が成人するほどの長い期間だ。節目の今年は奈波さんに会いたい。けど、特に報告することはない。
あ・・元気になったことを報告すればいいか。奈波さんの幸せな話も聞きたいし。
「こんにちは。ご無沙汰です。久しぶりに報告会やりませんか?今年はどうしても奈波さんに会いたいです」
「メッセージありがとう。そうね、やりましょう!」
無事、節目の報告会の約束ができたことで、僕はもっと元気になれそうな気がした。
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ふと時計を見ると、約束の時間ちょうどだった。
先にワインでも選んでおくか・・。
ワインリストを開いた途端、奈波さんの声が聞こえた。
「おまたせ」
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