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  1. 創作ストーリー

天使の約束(3)

前回のお話「第一章 初夏の甘酸っぱい記憶 ●2度結婚した夫婦

第一章 初夏の甘酸っぱい記憶

● 想いが引き寄せた幻

恋の始まるきっかけは今から三年前の五月のことだった。離婚をしてから勤めていた会社の営業部へ男性社員が中途入社してきた。

彼のファーストネームは「優紀(ゆうき)」だった。それはもう、呼びかけることは出来ない息子と同じ名前だった。

その男性に恋をしていると気づいた頃、季節は夏の終わりになっていた。

夏と秋がバトンタッチする頃は、日差しが柔らかくなり、虫の音が秋らしく変化していく。人恋しさを呼び起こす季節につられたのか、私の男性への気持ち日々深く大きくなっていき、心の中だけの片思いはそれから半年間続いた。

彼を好きになってから初めてのクリスマスの日に一緒に食事に行くことになった。その食事の席で、思い切って彼を映画に誘ってみたら快く承諾してくれた。映画を観る約束の日になり、映画の後は彼の行きつけだという小さなバーに連れて行ってもらった。

その時に彼は既婚者であることを知り、私は気持ちを伝えることを諦めた。

それからすぐ彼が転勤となり、私の派遣期間も満了を迎え、別の会社で働き始めた。新しい場所での仕事に没頭することで彼の事を少しずつ忘れていったのだった。

あの時の恋は、毎日を遠慮がちに過ごしていた私への神様からのプレゼントだったのかもしれない。

彼に会うことが楽しみで会社に行っていたり、話しかけられてドキドキしたり、初恋のようなピュアで幼い恋の気分を味わうことが出来たからだ。あの時、離婚して子供がいる立場でも、恋をしてもいいのだと彼に気付かされた。

「はるひさん。人生はまだ、これからですよ。きっとこれからも沢山の出会いがあるだろうし、素敵な恋を沢山すればいいじゃないですか」

応援しています・・という彼の声が小さく聞えたような気がした。

いけない、いけない。もうそれは終わったこと。よみがえった記憶を丁寧に心の奥底へ仕舞いこみ顔をあげると、智と勇希が映画館のフロアから出てこちらへ歩いてくるのが見えた。

勇希は、私の姿を見つけると、智とつないだ左手を引っ張りながら嬉しそうにこちらへ向かってくる。 右手には映画のパンフレットと子供だけに渡される入場者プレゼントを持っている。

「春陽、お待たせ。さあ・・」智が私へかけようとした言葉を遮り勇希が言う。
「ママ~!映画すごく面白かった。もう一度見たいな」
「よかったね。今日は迷子にならずにママのところへ来られたね」
「僕、いい子だからね」
「はいはい、いい子だね」

今日いい子にしているのは、パパが一緒にいるしアイスクリームが食べたくて仕方ないからだよね。私は勇希の頭をなでながら思った。

家族四人が揃ったところで、約束のアイスクリームショップへ向かった。アイスクリームショップはショッピングセンターの一階にある。早く食べたくて待ちきれない勇希は智と手をつなぎ、エスカレーターを先に降りて行った。

私は、ベビーカーを押していたためエレベータから一階に降りてアイスクリームショップへ向かった。

アイスクリームショップに着くと、智と勇希はすでに順番待ちの列の中の前の方だった。遅れてきた私たちを見つけた勇希は、「ママこっちだよ」といった様子で手を振っていた。

「ママ、何がいい?」
「そうね。バニラのソフトでいいわ。トッピングは要らない。じゃあ、お願いね」

お店の中のイートインスペースには空いている席がなかったので、私はオープンテラスの四人掛けの丸テーブルの一つに座って智たちを待った。萌花はまた眠ってしまったようで、ベビーカーの中は静になった。

萌花は、良く寝てくれるから本当に助かる。

アイスクリームショップには、私たちのような子供連れや女性だけではなく、男性同志のお客さんも多い。甘すぎず、少し高級な材料を使っているため男性にも人気があるのだろう。カップ入りのアイスも美味しいのだが、ここのお店で提供している絞りたてのソフトクリームは格別だ。

小さい頃からこんな美味しいソフトクリームの味を知ってしまったら、子供は安物のソフトクリームには見向きもしなくなるかもしれない。でも大丈夫。ショッピングセンターにはよく来るのだが、勇希を連れてここのお店に来るのは、パパと一緒の時だけの特別なソフトクリームだという約束だけは守ってくれる。

「そろそろ、戻ってくるかしら」

私がアイスクリームショップの入り口の方へ視線をやると、小さな女の子を連れた夫婦が出てくる様子が見えた。

何気なく男性の方を見たとき私は一瞬、ドキッとした。男性はかつて想いを寄せていた彼にそっくりだったのだ。髪の毛は少し伸びているが、体格も身長も同じくらいに見える。

「もしかして優紀さん?」

私は思わずをだしてしまった。少し動悸が激しくなった胸に手を当てた時、男性も私を見たが表情を全く変えずに自然に視線を逸らした。ソフトクリームを手にして嬉しそうな様子の娘さんを見つめながら優しくその背中に手をあて、私の横を通り過ぎると少し離れたテーブル席に三人で座った。

なんだか時が止まったような感覚になり、甘酸っぱさが私の胸の奥に広がる。でもこんなところに彼がいるはずがない。目が合ったが表情を変えなかったあの男性は、きっとよく似た人で彼とは違う人だ。彼には子供はいなかったし、あれからすぐ子供が出来たとしても二歳くらいだろう。

人違いだと何度も自分に言い聞かせていると、智と勇希がアイスクリームをもって私のところへ戻ってきた。

「ママ~。バニラのソフトクリーム買ってきたよ」
「ありがとう。勇希は何にしたの?」
「チョコとバニラのミックスだよ。パパと一緒」
「へえ、ミックスも美味しそうだね」
「うん。二つの味が楽しめてお得だろ」
「そう、お得お得~」

智に続いて、勇希が言う。勇希はパパの事が大好きで、すぐ真似をしたがる。ずっと楽しみにしていたソフトクリームを食べている勇希は本当にいい笑顔だ。これから私や父親と同じ映画好きの大人に育っていくのだろうが、今はソフトクリームに勝る好きなものは無いようだ。

「ねえ、春陽。覚えている?僕たちが初めて出会った日の事」
「急にどうしたの?もちろん覚えているよ。ドタキャン男との出会いだよね。ふふふ」
「何だよ。ドタキャン男って」

さっき映画の本編が始まる前の予告編を見ている時、前列にぎこちない様子の高校生くらいのカップルが座っているのを見て、智は私と出会った日の事を思い出したのだという。

私と智が初めて出会った場所は映画館のチケット販売窓口の前だった。その時はまさか智と恋愛をして結婚するなんてことは全く想像できなかった。はじめて会った二人は偶然一緒に映画を観ることになり、終わったらもう会うことはなかったはずだったのだ。

(2章へ続く)

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