想いはすれ違い、永遠の別れに
●前回までのお話
朝になった。
いつもより少し遅い目覚めだ。なんだか身体が痛い。そうか、寝床が変わったし初めて外で眠ったからだな。う~んと背伸びをした。そしてあたりを見渡すとなぜか誰もいない。
「あれ? 朝の散歩にでも出かけたのかな」そう思っていると、スズメ君たちが疲れた様子で僕の前にやってきた。
道案内をお願いしていたスズメ君たちは、あきちゃんが向かった新しい家の近くまで行った時に、カラスに追われて途中で追跡をやめて引き返してきたそうだ。隠れながらやっとの思いで今朝この場所へ戻ってきたけれど、もう怖くて道案内が出来ないという。
場所は特定できないとのことだけれど、近くまでの道順を教えてくれた。それを聞いた僕はしっかりと記憶にとどめた。家の形や色は覚えているので近くまで行くことが出来たらきっと新しい家を見つけることができる。
「ところで・・」とスズメ君が僕に語りかけた。
「今朝、君以外誰もいないのはどうしてだと思う?」
「さあ・・みんなは早起きだから朝の散歩に行ったのかな? それとも、一足先にご飯を食べに広場に行ったのかも」と僕はのんきに答えた。
スズメ君によると、まだ日が昇る前の早朝にケン達は野良猫たちとの約束を果たしに出かけたとのことだった。
「え?そんな事、僕には何も教えてくれなかった」
「ずっと前から決まっていたことだし、君に心配かけたくなかったんだよ。話すと、君も一緒に来るって言い出すだろうから。」
「だって、仲間なのに・・」
「君は、彼らとは違う。飼い主さんの新しい家へ行かなければならないだろ。さあ、少しでも早くここを出発して家に帰るんだ。ケン達の事は心配するな。きっとまた会えるよ」
野良猫たちとの約束を果たすって、どういうことだったのだろう。みんなで新しい家に行けば、あきちゃんは喜んで迎え入れてくれたかもしれないのに。みんなで一緒に行けば安心だと思っていたのに。
僕は、スズメ君とさよならしてひとりぼっちで新しい家のほうへと小走りで向かった。
その頃あきちゃんは、僕が元の家に戻っているのではないかと思って僕を入れるカバンと僕の朝ご飯を積んで車でこちらへ向かっていた。朋ちゃんは、新しい家に僕がひょっこりと現れるのではないかと、家の前で僕の姿を探していた。
今から思えば、新しい家には向かわず、元の家で少し待っていたらすぐあきちゃんに会えたのにと悔やまれるが、その時の僕は新しい家へ行かなければという想いしかなかった。
スズメ君に教えてもらった道を小走りで辿ってきた僕は、起きてから何も口にしていなかったのでお腹がすいて喉も渇いていた。今更だが、起きたら朝ご飯がすぐ食べられた環境は本当に幸せな事だったのだと改めて実感した。
新しい家からそう遠くない場所まで来た時、つぶれかけた空き家の前にあったバケツにたまった水を見つけた。水はきれいで飲んでも大丈夫なようだったので、ここで少し休憩していこうと思った。
のどを潤し僕が再び歩き出しそうとしたとき、背後から野良猫が襲ってきた。気が緩んでいた僕は、襲われて首のあたりをケガしてしまった。頑張って少し戦ってみたが、野良猫には勝てなかった。
このままでは、命が危ないと思ったので安全だと思われる方へ必死で走った。
走り続けてたどり着いた場所は、新しい家とは別の方向だったようだ。ここがどこなのかも全くわからなくなってしまった。傷の痛みで意識が遠のいていくのを感じながら僕はそこで気を失ってしまった。
気が付いた時は、知らない家の中だった。メス猫が僕の顔を覗き込んでいる。どうやら、そのメス猫の飼い主がけがをした僕を手当てして寝かせてくれたようだった。
「よかった、目が覚めて。もう死んじゃったのかと思った。痛みはどう? 君、ここに来てから2日も眠っていたんだよ。お腹空いていない? 私の朝ご飯の残りでよければ。」
そうだ。僕は、あきちゃんの家に向かっている途中だった。水は飲んだけど、ご飯はずっと食べていない。傷の痛みよりも空腹感が激しかった。ご飯をもらえるならありがたい。
「飼い主さんは出かけちゃっているから、残り物でごめんね。水も飲んでね」
ガツガツご飯を食べている僕の様子を見て、そのメス猫はくすくすと笑っていた。なんだか僕は恥ずかしくなった。
「ごちそうさま。おかげでお腹が落ち着いたよ、ところでお世話になっておいて本当に申し訳ないんだけど、僕、急いでいかなきゃならないところがあるんだ。」
「どこへ行くの?」
「あきちゃんと朋ちゃんがいる新しい家へ。僕、家猫なんだ。離れて3日になるから、早く帰って安心させてあげたいんだ。無事な姿を早く見せてあげないと」
「そう。だけど気を付けて。まだ傷は治っていないし、この辺りはたちの悪い野良猫やカラスが多いのよ。また襲われると、今度は・・」
危険な事は分かっていた。だけど、僕はあきちゃんと朋ちゃんがいる家へ早く帰りたい。
「この家は、猫が出入りできる隙間はあるのかな?」
「あるわよ。でも、本当に行ってしまうの? 傷が完全に治るまであと何日かここにいたほうがいいと思うよ。飼い主さん、とても優しいし・・何なら、この家の子になっちゃえば?」
心配するメス猫に丁寧にお礼を言って、僕はその家を後にした。だけど、この判断は間違いだった。その後の事は・・・とても思い出したくないくらい大変で辛い日々が続いたんだ。
結論から言えば、僕はあきちゃんと朋ちゃんが待つ新しい家へ行くことは出来なかった。その後野良猫になってしまった僕は、5日後に命の灯が消えるのを待つだけの現実にいるのだった。
野良猫たちの間で伝わる伝説
話は変わるけれど、ケン達と一晩を過ごした時に聞いた伝説について話してみようと思う。
人間の世界では、猫は神様の遣いだとか神様そのものだと思われている国があるそうだね。実際に神様になった猫や神様のようにあがめられた猫もいると、君も思っているのではないだろうか。
実は、猫は神様そのものでも神様の遣いでもなく、神様に近い存在だというのが正しいかもしれない。神様に近い存在であり、地球上で唯一「神様から特別なプレゼントを受け取ることができる権利」というものを持っている動物なのだという。
神様からの特別なプレゼント。それは、「次生まれるときは、人間として新しく命を紡ぐことができる権利」のこと。その権利を使うかどうかは自由であり、使えない場合もある。例えば家猫として生涯を終える場合は使えないのだとか。
野良猫として生まれた場合は、誰でもこの権利を使うことができると語り継がれている。のちに地域猫や家猫になったとしても。
家猫ではない猫は5才の誕生日を迎える前に、「猫生最後の日をいつにするのか」を決めなければならない。そのことをこの世に生まれてから1ヶ月経ったとき、夢の中に現れた神様の遣いから教えられる。野良猫の生活は過酷で、1歳まで生きることが出来たとしても2歳までに生涯を終えることは珍しくない。5歳を迎えられることはまれなので、たいていは教えてもらったこと忘れてしまう。
運よく4歳の誕生日を迎えると、再び夢の中に神様の遣いが現れて「命の期限を決めましたか?」と尋ねてくる。権利をつかわずに自然に命の灯が消えることを待つことも選択できるが、たいていの場合権利を使って神様の遣いに自分が決めた期限を伝える。
期限は6歳までの1年間だ。「5歳の誕生日から一年以内の○月○日が最終日」という感じで返事をする。返事をすることで最終日まで安全で平和な猫生が保障され、次に人間として生まれ変わることが出来る。
注意しなくてはならないことがある。自分が権利を使ったことや期限について仲間に話してはいけないのだ。だから、突然仲間がいなくなる場合は命の期限が近づいたため仲間から黙って離れていくのだろう。
また、期限までの最後の30日間を「どのように過ごしたいか」という望みをかなえてもらえることがある。これまでどんな猫生を送ってきたかによって神様が判断してかなえてくれるそうだが、神様の気まぐれと言った要素が強いそうだ。
伝説だから、人間に生まれ変われるとか命の期限を決めなければならないとかは、本当の話ではないだろう。この話を聞いたとき僕はそう思った。だけど、それが本当だとわかったのは実際に僕がその権利を使えることになったからだ。
僕が野良猫になってしばらくしたとき、夢の中に神様の遣いが現れてこのように言われた。
「君は、伝説について仲間から聞いて知っているだろう。さて、急なのだがもう5歳を迎えた君は、伝説の権利を行使するかどうかの意向確認の時期が迫ってる。すぐにでも命の期限を決めなくてはならない。どうする?」
僕は、毎日があまりにも辛かったので「今日から30日後を期限にします」と伝えた。本当は明日が期限でもよかったのだが、最低30日以後でなければならないという決まりがあるからだった。
「ところで・・・」と、神様の遣いは僕に言った。
「君の場合、他の猫と違って特別に神様から別のプレゼントが2つある。1つ目は、これからの30日間君がどう過ごしたいのかという希望があればそれを叶えてあげよう。」
「本当ですか?ありがとうございます。2つ目はどのようなものなのですか?」
生まれた時から家猫として人間の愛情をたっぷりと受け、愛情に応え、野良猫として生きていく厳しさを知り、仲間がいるありがたさも知っているということは、豊かな経験と感性を身につけた猫として最高の精神レベルにあると判断されて特別に計らいを受けることができるそうだ。。
「2つ目は、君が家族になりたい人間を選ぶことができる。通常はどこの誰として生まれ変わるかということは選べない。もし、家族になりたい人間がいるのなら教えてくれないか?」
このように聞かれて、僕の頭に浮かんだのは2人の人間の笑顔だった。あきちゃん、朋ちゃんと家族になりたい。僕はそう伝えた。
最後の30日間については、優しい人間にたくさん撫でてもらい最後の日まで穏やかな毎日であることが僕が望んだ過ごし方だった。普通だと、人の多い場所でじっとしているとイタズラされたり、掴まって保健所というところへ連れていかれたり、カラスや他の猫に襲われたりと怖い目に合う事が多い。
望みを神様の遣いに伝えたら、翌日から僕は怖い目にあうこともなく、イタズラしそうな人間やたちの悪い野良猫やカラスは近寄って来なくなった。