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  1. 創作ストーリー

天使の約束(2)

前回からの続きです。

前回のお話「第一章 初夏の甘酸っぱい記憶 ●家族の休日と幸せ

第一章 初夏の甘酸っぱい記憶

●2度結婚した夫婦

私たち夫婦は勇希がまだ赤ちゃんだった頃に離婚をしたことがある。

義理の両親との同居で心が疲れ切っていた私は、一日でも早くあの生活から抜け出したかった。母親であることを放棄し、勇希を手放してしまったのだ。離婚後はずっと、再婚も恋愛もせずに一人で生きていかなければいけないのだと思い込んでいた。

離婚してからは勇希にも元夫の智にも会うことはなかった。ところが離婚してから三年半が過ぎた頃に、智から大切な話があるからどうしても二人きりで会ってほしいと連絡があった。

待ち合わせをしたホテルのロビーラウンジでお互いの近況を伝えあった後、突然彼から二度目のプロポーズをされたのだ。彼からの思いがけない言葉に戸惑いしばらく考え込んでしまったが、私はその場でプロポーズを受け入れた。

それから智は実家を出て勇希と智と私の三人での新しい生活が始まり、翌年の冬に娘の萌花が生まれた。私たちは傍から見るとどこにでもいる普通の四人家族で、今日のような平凡な休日を過ごしているというわけだ。

二人の天使たちの成長を見つめながら過ごしている幸せな今があるのは智のおかげで、とても感謝をしている。でも智から二度目のプロポーズを受ける数か月前に、私は同僚で三つ年下の男性に恋をしていた。そのことを智は知らない。

キラキラとした眩しさの先にある青い空を感じてぼんやりとしている時、短く淡い恋の記憶が脳をかすめた。甘酸っぱい想いが胸いっぱいに拡がってきた時、心の奥がチクリとすこし痛んだ。痛みの正体はきっと失恋の痛みなのだろう。恋は忘れても痛みは残るのだろうか。

脳をかすめた短い恋の記憶がこれ以上大きくならないように、私は深くため息を吐いた後大きく息を吸い込んで深呼吸してみる。

頬にあたるそよ風が夏の匂いに変わり、都会の小さな森にあるベンチには木洩れ日が輝いている。その様子を見ながら、智と出会った頃から今日までの小さな私の歴史を振り返ってみた。

智と初めて出会った場所は映画館で、季節はちょうど今頃だった。あれから九年になる。彼に初めて出会った時は、まさか結婚することになるなんて思いもしなかった。たまたま非日常の時間を共有した後は、出会った事実もお互いの存在も忘れてまたいつもの毎日がそれぞれの人生の中に続いていくと思っていた。

結婚して離婚してまた結婚するなんてこと、よくあることなのか珍しい事なのか私にはわからない。その出会いが良かったのか悪かったのか、その時の判断が正しかったのか間違っていたのか、きっと人生最後の日になるまでわからない事なのだろう。

時計を見ると、映画の終了時間まであと三十分だった。目が覚めて不快感と空腹で体をよじっている萌花のお腹に手を当てて落ち着かせてから、手早くおむつを替える。少し機嫌がよくなったようだ。抱き上げて授乳をしながら萌花に話しかけた。

「お腹がいっぱいになったら、お父さんとお兄ちゃんを迎えに行こうね」

授乳が終わった後、萌花をぎゅっと抱きしめマシュマロのような頬にそっとキスをする。お腹が満たされ、お尻の不快感も無くなり天使の笑顔をみせてくれている萌花をベビーカーに戻し、背もたれを少し起こした。私たちはゆっくりと映画館があるショッピングモールの方へ向かった。

公園からショッピングモールまでは一本の広い道でつながっていて、ゆっくり歩いても十分とかからない程度の距離だ。一番上の階にある映画館の前に着いた時、ちょうど映画が終わったようで映画館のフロアはたくさんの人でにぎわっていた。

これからチケットを買って映画を観る人や出てくる人の邪魔にならないように、入り口から少し離れた場所にある近日上演の映画を知らせるパネルのあたりで、智と勇希を待っていた。萌花はまだ言葉にならない声を時々発しながらご機嫌の様子で手足を活発に動かしている。何気なく映画予告のパネルの一つに目をやり、そこに書かれた文字を読んでみた。

「伝えられない想い。伝えなかった想い。十年の時を経て重なった二人の時間」か。

少し悲しそうな表情の男女の写真の上にそっと置かれた文字から恋愛映画の広告だということが分かる。恋する相手に「好きだ」という気持ちを伝えることが出来ないでいる間に運命のいたずらで会えなくなってしまい、恋が終わるという切ないラブストーリーのようだった。

気持ちを伝えることが出来ずに会えなくなって恋が終わってしまうことは、きっとよくある話だ。私にだって経験があるのだから。

好きな人ができると胸の奥にぼんやりと小さな暖かい灯が現れる。恋の始まりはほのかな暖かさを胸に抱いているだけで満足するのだが、次第に抑えきれない熱い想いになっていく。熱さに耐え切れなくなり自分の気持ちを伝えずにはいられなくなる。

けれど、それを阻む事実を知ることになったり、あきらめざるを得ない出来事が起こったりする。

そんなことを考えていると、先ほどよりも強く短い恋の記憶が呼び起こされた。私の場合は、気持ちを伝える言葉が口から漏れ出そうになる一歩手前で、相手から言葉を遮られたのだ。

(つづく)

「天使の約束 第一章 初夏の甘酸っぱい記憶」●思いが引き寄せた

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